| Main | All |
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 | | Top ↑
【創成者の街】プロローグ『創成者の街』 その5
 私の通う高校は、家からは大した距離じゃない。かかっても十分程度、それも通学路の途中にある信号にすべてひっかかった際の結果の話。その時はたまたま家を出る時間が遅くなってしまったのでかなり焦ったものだったが、結局は遅刻者をあぶりだすための校門は私を捉えることなく通してくれたものだった。
 因みに今は、その時ほど急いでるわけでも焦っているわけでもなく、ただの日常の中に私を投資しているに過ぎない。大人は自分の職業を全うするために他を見ず、それに対して私よりも年の幼い子供たちは世界の流れに逆らうことの無いように世界を見つめている。
 私に至っては、そのどちらにも当てはまることない、無気力に日々を過ごしている。何も考えることなく、感情移入もすることなく世界を見つめるわけでも無視するわけでもなく、人間が自らの生涯を消し去るかのように敷いたコンクリートの道を歩くばかりだった。目的地はもちろん自分の通う学校。そこまで思い入れもない、両親の機嫌取りのために勉強し、合格した高校には、まだ私は浮いた存在になっている。
「………はああぁぁぁ」
 特別クラスの人たちと仲良くなろうとは思ってもいない。彼らの日常の隅にでもいることさえできればそれでよかった。そんな中途半端な考え方をしているせいで私は余計に苦しんでいることにも、まだ本当の意味で気付いていない。
「…………」
 心に悪いものを溜めすぎるとそのうち本当に悪い人になってしまうだなんてことをどこかで聞いたことがある。その教えに従って私はたまにため息をつくのだ。世の中には「ため息をつくと幸せ逃げるよ」たる教えもあるが、私にとってはそんなことはただの偽りにしか見えない。そういうことが言えるのは結局その時にすでに幸せになっている人や成功している人、要するに心に余裕がある人が言えるのだ。私にはそのどれも持ち合わせていない。兄と姉の背中を追いかけるので精いっぱいだ。
『それじゃあ、またいい返事が聞けるまで待っているかな』
 それでいて、あの龍之介の言葉だ。自分のことで気が滅入っているのに、あの街のことまで頭に入れるとなると余計に私に余裕がなくなる。
「………はああぁぁぁ」
 また、深いため息をついた。幸せなんて知ったことか。今現在幸せなんて見つける暇がないのに、元々殆ど持ち合わせていない幸せを潰したってそう変わりないだろう。
 しばらく歩いていると、とりわけ知り合いに会うこともなく校門にたどり着いた。生徒によって急いで校内の敷地内に入ってくる者もいれば、逆にヘッドホンなどを頭に着けて自分の世界に入ったままゆっくりと歩いている。というのも、部活の朝練の時間が始まるぎりぎりに私が登校したせいだ。当然、悠々と歩く私は部活に入っているわけないのだが、入れない訳ではない。ただ部活に入ることになると何かと金がかかる。部活の用具だってそう、遠征だってあるし、差し入れとかがある部活になると余計に金が必要になる。ただでさえ兄と姉の二人が大学に行っているのだ。それに重ねて親に迷惑をかけるわけにはいかない。
これは、私の気遣いではない。むしろ意地に似たものだ。何がどうあっても親に金をせがむわけにはいかない。才能のある兄と姉についていくには、才能の無い私には彼らのしなかったことをする以外にはないと私は思えたからだ。
 下駄箱、廊下、階段と歩いていき、自分の教室に入る。ここまで誰にもすれ違うことはなかった。三年生ならもうすでに校内にいてもおかしくないが、私の一年生の教室は三年生の教室とは違う棟に配置されており、顔を合わせることなく自分の教室に向かうことができる。
 当然教室には誰もいなかった。部活以外でわざわざ朝早くに学校に登校する理由もない。それでなくても朝早く起きて学校に登校するほど真面目な人はこの高校にはほとんどいないだろう。私が入学できるのだ、そこまで優秀な人が集まっているわけじゃない。
 夏日とは思えない涼しい風が教室内に入ってくる。その風が私の頬をくすぐった。
 別に悪い気はしなかった。正直少し蒸し暑いと思っていたからそんな私の気を察してくれたような気がして、このときばかりはこの風に感謝した。
 そして、瞬間的に私は違和感を感じた。
 教室には私一人しかいないはずなのに、風が入ってくるのだ。しかも廊下からじゃ無く、教室から。
 答えは簡単だった。教室内と外界を繋ぐ窓が、その境界の役割を果たしていなかっただけ、しかも見る限り外から野球ボールが投げられて、たまたま私の教室の窓ガラスが割られたようだったのだ。その証拠に、境界を破壊したボールが室内に転がっている。
 私は学校の公共物を粉砕した勇気あるボールを拾い上げ、その勇気を受け止めきれなかった窓ガラスの方を向く。
 当然のことながら割れたガラス片はその窓付近に散らばっており、付近の座席は被害をこうむっていた。私の席も、その被害を受けた中の一つだった。いや、もしかしたら一番被害を受けているんじゃないかと思う。
 その割れた窓ガラスに一番近い席が丁度私の席だったのだ。「まるで私に対してボールを投げた」かのような、そんな光景にも見える。
 ネガティブな考え方に偏り過ぎているだけなのだから、本当に考えすぎなのかもしれない。でも私は反射的にそう思えてしまう。
私は軽くため息をついて仕方なく塵取りと小さな箒を掃除用具入れから取り出してトボトボと私の席へ歩く。
 油性ペンで落書きされた私の席を見ると、ちりばめられたガラスの装飾によって妙なコントラストを醸し出し、私の眼にはそれがとても美しく見えてしまった。「バカ」だの「キモイ」だの「ゴミクズ」だの、私にとっては他人の口からは聞いたこともない言葉で私の机は埋められていたはずなのに、そういった形の美術作品のように思えて片づけるのは少しもったいないような気にもなる。
 だからと言ってそのまま放っておくわけにもいかず、とりわけ他のことで今からしなくてはいけないということもなかったので、結局私はそれらの回収に移る。
 しかし、ガラスを回収した所で何処に捨てるべきなんだろうか。ボールと一緒に教卓の上にでも置いておけば後は担任がなんとかしてくれるだろう。でもそんな事をしてしまえば後々面倒なことになって余計な時間を割かれてしまうのは目に見える。だったらこの事実は穏便に済ませるべきだろう。他人に迷惑かけるわけにもいかない。もちろん、穏便に済ませる案を持っているかと聞かれれば、全く持ってそう言う訳ではない。
 どうしたものかと考え込んでいると、やがて廊下からぱたぱたと足音が聞こえてきた。音のする方へ顔を向けると、白いワイシャツに黒のズボンをはいた男子生徒が現れた。一瞬その姿が創介に見えてドキッとしたが、スポーツマンらしい短い髪型を見てすぐにそんな幻想は振り払った。
「あ、あの……ボールが飛んできたと思うんですが……」
 同じクラスなのに敬語で話される所、よそよそしさの極みだ。すでに新しい生活が始まって三カ月は経っていると言うのに未だに同じクラスの人にはそんな態度を示される。当然、彼には仲のいい人はいるし、それ以上にクラスのほとんどの人とはメールアドレスを交換している程の活発な男子だ。向こうは私の名前を知らないだろうが、私は知っている。『工藤康介(くどうこうすけ)』歳相応の幼さも残したままの顔つきをしていて尚且つ運動部らしい若干日の焼けた肌をしている、誰にでも好かれそうな好青年である。クラスの中に一人は必ずいる、クラスを引っ張っていくようなリーダータイプの人間だ。
「……これですか」
 私は彼にボールとガラスの入った塵取りを見せた。一瞬驚いた表情を見せるが、彼は迷わずボールを手に取った。
「悪いっ、ありがと」
 そう言って彼は逃げるように教室を出ていった。手には塵取りだけが残されている。顔をのぞかせるとそこにまとめられているガラスの破片にいる私が一斉にこちらを向いた。
 何か解決策でも言ってくれれば良いのに、私はガラスの中に居ても結局私であり、口を開いてくれる気配はない。
 仕方なく私はそれを足元に置いて席についた。どうせ担任が窓ガラスの崩壊を見逃すわけがないから、隠ぺいしたって仕方がないのだ。まあ、康介のように見て見ぬふりをする人はいるだろうが。
 外から再び涼しい風が吹いてくる。その風が、私の首筋に残った汗を拭き取ってくれた。

 それから、部活が終わって教室に生徒が入ってくるのを引き金にして世界は流れ始めた。何も変わらない日常、昨日の私が体験した世界とは全く別の、つまらない退屈な世界は動き続ける。変わったことと言えば、外でふざけて野球をしていた康介率いる男子三人が散々教師にしかられた揚句、親を呼びだされ窓ガラスについて謝らされたことだろうか。
 ――こんな程度だ。私の生きている世界の変化というのは。あの街とは違う。退屈な日常。
 そうして、帰りのホームルーム。
「おい弥生、後でちょっとついてこい」
 担任の教師が私を呼んだ。この担任というのは生徒の名前を下の名で呼ぶことで校内では有名だが、どうも私の目からは下心がありそうで我慢ならない。脂汗が乗ったはげ頭に身長は百九十以上あると言う無駄な高身長が余計に気持ち悪く見える。おまけに「ついてこい」だ。絶対何か裏があるに違いない。
 そしてホームルームが終わり生徒の一斉のあいさつと共に廊下へ飛び出していく中、私は教師の後ろをついて生徒とは逆方向に歩いて行く。
「あ、あの……なにかあったのですか?」
 私は警戒心を解かないまま聞いた。用件も言われずについてこいということは、あの生徒が多々いる中で言える用件で無かったと言うことだ。やはり危ないことなのだろうか。
「大したことじゃない。人がお前を探しに来ているだけだ」
 教師は歩きながらもこちらを振り向こうとせずぶっきらぼうに私に言った。私の予想が外れてくれたおかげで、ほっと安堵のため息をつく。
 なるほどそれならまだ私には救いがあるだろう。少なくともこの担任とは絡まなくて済むわけだ。だけど、私を探している人って……。
 思い当たる節はあった。いや、むしろその人しかいないだろう。
 昨日自分の部屋に勝手に押し掛けて、勝手に出ていったあの図々しい男。『掃浄龍之介』だ。
 それを思いついたとたんに、あのうすら笑いが頭の中でイメージされ始めた。しかもかなり鮮明に、まるで目の前にいるかのように。
「ど、どこに行けばいいですか……?私一人でも大丈夫ですので……」
 嫌な予感しかしなかった。昨日のあの話をした後の今日だ。また何かしでかされるんじゃないかと思って仕方なかった。
 もちろん、別人である可能性もあるだろう。だがその時は別に学校という権力を振りかざして逃げればいい。仕方なく担任を利用する事もあるだろうが、自分の身の安全が最優先だ。
ただ、訪ねてくる相手の目的が女子生徒とあっては、担任もそう簡単に単独行動は許してくれないだろう。拒否されるのなら他に何か対策を練らなければ。妙なごたごたに関係ない人を巻き込むわけにもいかない。
「そうか?なら会議室にいるからすぐ行きなさい」
 ……あっさり許してくれました。
「え……あ、はい。分かりました」
 教師と生徒という立場はしっかりとわきまえてから私はすぐさま会議室へと向かった。
 この高校の会議室は教室の半分ほどの大きさで、防音加工がされている。一体何のための防音なのかは疑問に思うが、無駄な所に金をかけるほどバカな大人しかいないのだろう。おまけに長机とソファーのようなふかふかの椅子のような、校長室によく見かけるようなセットは存在しておらず、生徒の使う机といすが六セット程しかない。これでは無駄な所に金をかけるどころか、金をかける所を間違えているような気さえする。
 そんな会議室は、私が担任から離れてから数十秒でたどり着いた。校内マップは大体把握している。
 走ってきて乱れてしまった呼吸を軽く整えてからすぐに扉に手をかける。ガラガラと年季の入った音が響いた。
「失礼します……」
 とりあえずそう言って軽く一礼をしながら室内へと体を向ける。
 中には、私の予想から全く外れることのない人物が椅子を三つつなげてベッド代わりにしていた。
「やっぱりあなただったのね……」
「おお、ようやく来たか!いやぁ、ずいぶんと待たされてちょっとセンチになってたぜ?」
 軽く冗談を言いながら彼は机の上に肩身が狭そうに置かれていたボロボロの青いキャップを手にとって軽くかぶった後体を起こして龍之介が立ちあがった。
 窓の外から差し込む夕日をバックにしているせいで彼の表情に少し影が現れる。
「それで……答えは出たかい?」
「………」
 単刀直入だった。前置きもせず、早急に用事を済ませるつもりだろうか。
 答えというのは、昨日の夜に彼に言われた提案のことだろう。『お前はまだあの街に行く気はないか?』という提案だ。
 私は、龍之介の言葉で、一瞬だけあの突飛な世界の景色が頭に流れた。
 人語を話す鳥、白黒の髪の毛を持った良く笑う青年、家々が積み重なったおかげで現れる壁。それに挟まれるようにして動く太陽。
 どれも、今私のいるこの世界では体験できるはずもないモノだった。
「……待っているって言ってませんでしたか?確か幾つか場所を教えてくれてたはずですけど」
「まぁ、それなんだが、思ったよりも結構早くに掃除が終わっちまうかもしれないからもう少し別の所もやっとこうかなって思って複数の場所を指定していたわけで、案の定それが実行しちまう羽目になってさ。向こうも結構きたない場所とか多いんだけどさ、こっちも相当だな。特にトイレ、あれは思わず鼻をつまんじまったよ。いやぁ、臭すぎると涙出るって本当だったな――」
 私の問いに、龍之介は私に目を合わせようとせずにペラペラと言葉を紡いでいく。冷や汗も若干見えるところから、何となく察しがついた。
「要するに、いてもたってもいられなかったと」
「まあ、その通りだね。さっすがもの分かりがいい」
 彼のおどけた声が聞こえる。表情は、やはり陰になって分かり辛かった。おまけに逆光のせいでどうしても夕日の直接の刺激を避けようと目を薄めたりして、上手く彼に目を合わせることができない。私は近くに置かれている椅子を引っ張ってきて太陽を横にして座った。
 それにしても、相手の表情を気にしながら話すなんていつから始めたんだろうか。その時期はもう殆ど覚えていないけどそれにしても酷い癖だ。相手の表情を伺って相手を笑わせられるような話しぶりができるようにするならそんな癖もむしろ評価されるモノになる。
 でも私は違う。相手の逆鱗に触れることのないよう、当たり障りのない会話をするために相手の表情を伺うのだ。いつだってそう、親と話すときも、兄妹で話すときだって、そんな癖のせいで私の言葉に対して反応を示してくれなかったらきっと普通の人よりも落ち込んでいる。こんな言葉は言わなければよかったと。
 その度合いは、身近な人ほどより一層強くなっていく。親友、家族などは特にそうだった。食事の時にする兄や姉の会話に入ることができず、それでいて親に「黙々と食べるね」と言われたときは本当に泣きそうになったものだ。

「キミは、ずいぶんと酷いマスクを被っていたんだね」

 え――?
 声に出さず、心の内で私は彼の言葉の反復を要求した。聞き取れてはいるのだが、それに込められた彼の意思を感じることができずにいた。
 そして龍之介は、私の要求にすぐに応じてくれる。
「街にいたときはそんな表情は全く見せなかったのに、こっちに来た途端ずいぶんと弱々しくなっちゃって……なにかあったのかい?」
「………ッ!」
 別に何もなかった訳じゃない。他を気にしなければ大した事件には発展しない。その言ってんで私は学校にいる時は全くもって考えずにいた。そのつもりだった。
「……ふーん、なるほどね」
「な、何がですか……」
 私の言葉など聞いちゃいないといった様子で執拗に頷いて彼は椅子を引き、埃の立たないように行儀よく座った。そして肘を膝について指を組む。
「向こうにいたときのがむしろ仮面を被っていると言った方がいいみたいだね。そんな様子だと友達少ないでしょ」
「なっ、なんでそんなこと勝手に……!」
「だって顔に書いてあるんだもの。私はさびしいですって、何も楽しみが見つからないですって。もしかしたら俺にとってはキミが口を開かない方が本音が聞けそうだね」
 そう言って彼はふふと笑った。その笑顔が妙に不気味であり、同時に恐怖を感じた。これ以上彼といると、私の抱えているモノまで悟られそうで。
「も、もう少し返事は待っていてください!まだ心の準備ができてないんです!」
 だから私は少しでも早くここから出ていきたくて、結論を吐き捨てて力任せに会議室の扉を開けた。あと一つの行動、足を差しだして一歩前に踏み出せば、私はもう彼の前から姿を現さずに済む。何も悟られずに、悟られたとしてもその事実を知らないまま過ごせる。そう、逃げちゃえばいい。
「嫉妬……かな?ねたみの方が近いかもしれない」
 足が、止まった。
「………」
 彼の言葉は、何かそういった力があるのだろうか。私の体重はもう前進していて、たった少しでも足を上げてしまえばそのまま入って逃げられそうなものを、その単純な行動自体が全く持ってはばかれてしまっていた。物理的に動けない訳じゃない。だのに私の足は一向に動こうとはしなかった。
「羨ましいんだろ?創介やトトみたいな、自分の好きなように生きていける奴らが。一見して何も考えてなさそうな奴らが、自分の抱えている苦しみを持っていないような気になって」
「…………」
 どうした、早く動け。さっさと走って、彼の口から出てくる言葉を聞く前に学校から出ていくんだ。大丈夫、下駄箱なんて目と鼻の先にあるんだ。一歩踏み出せばそれでおしまいでしょ。
「だけどよ、勝手な事を言うが、お前はまだ何もわかっちゃいないんだよ。たかが十五、六生きているだけのお前に、他人の置かれている境遇を察せるような能力なんてあるわけがない。口で言わねえと分からないことだってたくさんある。特に他人に教えたくないことならなおさらだって、そう考えりゃ今のお前の心境も何となく分かる。でもな、」
「……………」
 どうして、どうして、どうして。動いてほしいのに、続きなんて聞きたくないのに、聞かなくちゃいけないと思っている自分がいる。逃げてはいけないと言っている自分がいる。嫌なのに、怖いのに。
「《創生者》だって例外じゃねえ。あいつらだって生まれたときから欠けている。一生埋まることのない穴が、その事実があいつらにはずっと重くのしかかっているんだ。お前が気楽だと思い込んでいるあいつらがな」
「………………わ」
 ついに、口が開いてしまった。逃げる前に、言葉が出てきてしまった。もうこれで逃げることもできない。この行動は言わば彼の先ほどまでの言動を肯定するのに等しかった。
「私は……そんなこと思ってない。あの人たちが気楽に生きているなんて――」
「何処がだ」
 彼の言葉は、私の言葉を最後まで聞かずに完全にかき消した。彼も、私の言葉なんて聞きたくないという意思表示をしているようで、私の心はより一層締めつけられる。
「お前、殆ど最近じゃあこっちで笑ったことないだろ。割と監視してきたけど、愛想笑いばっかしてきたせいで表情の変化が全く見られないんだよ」
「そ、そんな、そんなこと………」
 私は、そこで言葉を止めてしまう。はっきりと言い返すことができなかった。
「否定しないってことは、やっぱりそうなんだな。だれにも咎められないようにひっそりと生き続けることを選んだと言う訳だな」
 その時、龍之介は椅子から立ち上がり、私の体に彼の影を浴びせた。
 彼のがっしりとした腕が、私の肩に優しくかかる。
「せめて、もっと笑っていられたらとは思わないか?この世界で何があったかは知らないが、辛い思いをするんだったらその支えだって必要だろ」
 私は顔を上げた。さっきまで日陰にさらされていた彼の表情は全く見えなかったはずなのに、今となってはしっかりと彼の顔を見つめることができた。
 表情は柔らかくない。それでいて、真剣だった。
「街の奴らはここの世界にいる人間よりも、ずっと純粋で、何も考えてないように見えるかもしれないが、お前みたいに繊細な奴だって多い。それでも、お前みたいに愛想笑いで生きてきている人なんて誰ひとりとしていないんだ」
 正直、彼の言葉は耳に入っても殆ど流し聞きしていた。彼の言葉の意味なんて全く分かっていない。
 私には、龍之介のその表情で十分すぎた。彼の正直でまっすぐなその表情で、それだけで良かった。
「『そんな世界を、キミは歩いていきたいと思わないかい?』」
 ……一瞬、彼の言葉が、創介の言葉に聞こえた。愛想笑いで無い、純粋な頬笑みをずっと向けてくれた創介が、龍之介に重なって見えた気がした。
 自然と、私は体を彼に預けた。彼の懐に顔をうずめて、私は涙の滲んだ顔を見せまいとする。
 それなのに、龍之介は彼の両腕を私の背中にそっと回した。
 私は、もう、耐えられなかった。

「ようこそ、《創生者の街》へ……」

創成者の街 | comment 0 | trackback 0 Top ↑

Comment

Write Comment







  Only to a master?

Trackback

| Main | All |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。