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【創成者の街】第一話『memory』その2
 創介の口から出た言葉は、どこかふわふわしていて、それでいてしっかりと意味を持って私の耳に届いている。
 けれども、私にはその意味のなすところが信じられなかった。
「い、いま……なんて……?」
 そう言うと、創介は首をかしげ当然の如く答える。
「『はじめまして』だよ?初めて出会う人には、こういう挨拶をするって聞いたんだけどな」
 そして、彼は優しくほほ笑む。
ああ、この笑い方は創介にしかできない。だから、彼は創介以外の誰でもなかった。
だったら、どうして『はじめまして』……?
「あ、あの……私、昨日あなたとあったはずです……。ほら、『クローゼット』の話をしたはずですよ!」
 頭の中で詮索して、何とか彼が思い出せそうなキーワードを探しそれを見つける。
 それをチャンスだと思って、私はこれ見よがしに彼に訴えかけた。
「私が『クローゼット』に落ちて来ちゃって、それをあなたが見つけて……それで、あなたは『クローゼット』を『タンス』だと勘違いしていて……そのあと龍之介にもとの世界に戻されて……」
 なんとか私は創介に分かってもらおうと言葉を紡いでいくが、断片的な記憶しか思い出せないせいで時間軸に沿った話しかできない。しかも色あせた記憶の中では細かい情景まで思い出せるはずもなく口から出た話は日本語の文法に沿った文にすらならなかった。
 それでも、創介が思い出してくれるのならそれで十分だと思っていた。
 なのに、
「……ごめん、僕はキミと会った覚えは無いんだよ」
「――ッ!」
 彼の発言が、私の口を塞いだ。驚いた拍子に一気に外気を吸い込み過ぎたせいでむせてしまう。
「な、なんで、なんで?私はちゃんと覚えているよ。その白黒の髪の毛も、その服装も、その雰囲気も……」
 その次の言葉は、私には出てこなかった。
 たった一回の出会いじゃ覚えていないってこともあり得るのかもしれないと思い始めている自分と、そんなはずはない、会ったことすら覚えてないなんてありえないと思っている自分がいて。その二人が入り混じりすぎて私の頭の中はパニックに陥っていた。
「と、とりあえず、椅子に座って。話はそれからにしようか」
 創介はそう言って部屋の中央に置かれている机に置かれていた椅子を引いた。
「………あ、ありがとう、ございます」
 私は混乱した頭のままで軽く一礼して彼の好意に応じる。
 そして創介は私と丁度真反対の位置で腰をかけた。つまり向かいあう形に座ったわけだ。
 彼は眉をひそめる。そしてもう一度首をかしげた。
「やっぱり、僕はあなたに会ったことが無い様な気がする。もしかして別人ってこともあり得ないかい?」
 そう話す創介の表情に、からかいとかそういった下心を持ち合わせたような卑しい感情は見られない。その代わりに彼の瞳はまっすぐ私に向いていた。
「…………」
 私は、何も答えられなかった。彼の様子から本心で言っていることは明らかであり、それゆえに私は何も言い返せず、たとえより多くのキーワードを彼に提示したとしても故障中のロボットのようにピクリとも反応しないだろう。
 彼が純粋だからこそ、余計に私はその純粋さが刺さった。
 真後ろで羽音が聞こえた。私は力無く振り向く。
「……とりあえず俺はまた龍之介を探してくる。その時にお前にいろいろと教えてやるから今は大人しく匿っていられてろ」
 窓際に留まっているトトは相変わらずぶっきらぼうに言い放って飛びだして行った。この重苦しい空間から逃げ出すかのように素早かった。と言っても、創介に至っては重苦しさを微塵も感じていないようだが。
「トトは、すでに何か知っているのかな?」
 彼はトトが飛び出していった窓の方を見つめてつぶやいた。まだ空中に彼の黒羽が数枚浮かんでいて彼の軌跡をたどっているが、創介はそれよりも向こう側を見つめている。
 私の目からは、私にとって見えなくなってしまったトトの姿をまだ彼の目は捉えているようにも見えた。
「……どういうことですか?」
 彼の質問を投げかけてほしそうなその言葉に対して反応する気がなかなか起きなかったが、私の頭は少しだけ冷静さを取り戻せたようでほんの少しの言葉を彼に掛けることができた。
 創介は、私のその気遣いに気付くこともなく同じ方向を見つめて肩肘をつき、ほほ笑む。
「トトっていつもそうなんだ。僕たちの一番知りたい事をわざと後回しにして、優先順位で言えば二位、三位くらいの仕事から片付けていく癖があってね。『とりあえず』なんて言葉を使うくらいだからよっぽど重要な事なんだろうと思ってさ」
 彼は最後に「それが面白くてね」と付け加えて私に笑顔を向けた。
 私は、彼のその表情に何か続けなければと焦って口を開く。
「………トトのことは、よく覚えているんですね」
 自然と口から出てきたその言葉は、本当にごく自然に出てきた。自然に出てきたからこそ、私はより一層しまったと思った。皮肉にも取れるその一文は、私の思いとは裏腹に非常に低いトーンで口から現れてきて、とりわけ理由もなしに怒っているようにも思われそうだった。
 その証拠に、創介の両目は驚きを隠せずに大きく見開いている。
「あ、ああ!そ、そう言う訳じゃ無くて、ただ、その、いろんなことを知っているんだなぁって思っただけで……!」
 必死に自分の体の前で手を振って否定の意を示すが、彼の表情は変わらない。

 ――また、やってしまった。傷つけてしまった。

 私の視界がブレる。窓の外の景色が歪み、窓のサッシが歪み、机が歪み、そして私自身も歪んだあの記憶が、私の頭の中でフラッシュバックされる。
 怒声、罵倒、暴力、恐喝、悲鳴、
 一つ一つ、丁寧に記憶のページが開かれていき、その景色は私の目の前に鮮明に映った。
 昨日の出来事のように断片的にしか思い出せないようなヤワで脆いパーツでは無く、一つの物語、一つの本のように台詞、情景から体感気温まで、いつでもその世界に飛び込めそうな程ハッキリとした地獄が、私の心をえぐる。

「――っと、だ―――ぶ?」
 遠くから声が聞こえる。人の声、その世界にはいるはずのない声が、私の耳をくすぐる。
「ね――!だい――うぶか――」
 その言葉にかき消されるように、地獄の中に存在していた物体が色あせていき、景色は薄れ、私の目の前から遠ざかっていく。
 そして最後のパーツが、完全に消滅した瞬間、
「起きて下さい!大丈夫ですか!」
 私は、体をびっくりさせながら目を覚ました。
 創介は椅子から飛び出して血相を変えながら私の両肩を強くゆすり続けていたようで、少しだけ息があがっていた。
 私の事を心配してくれていたのはありがたいのだが、ゆすり続けられていたせいで私の視界は激しく縦揺れし、脳内は軽くシェイクされていて頭がガンガンしてきた。
「ち、ちょっと、やめてください……。もう、起きました、から……」
 まだ揺れる。まだ揺れ続ける。
 とぎれとぎれに口から出る言葉は、創介の耳には届いていないようだった。

「ご、ごめん……まさか急に固まったように動かなくなるなんて思わなくって、何をしたらいいか分からなかったから……」
 創介は心の底から必死で弁解しようと軽い汗をかきながら私に訴えかけていた。
 まだズキズキする頭を押さえながら私は無理矢理笑いを浮かべて、少しでも創介の気持ちを和らげようと努力した。
「も、もう大丈夫だから……心配しないで……」
 嘘つけ。本当は大丈夫なはずない。
 でも、それでも創介の困った顔は見たくないみたいで、自分に無理をしながらも彼の機嫌を戻そうと努めていた。
「元はと言えば私が勝手に気を失いかけるのが悪いんだし、創介が気にする事は無い、と思います……。だって、私は、その……」
 そんな事を言いながら私の視線は少しずつ下へ下へと下がっていく。声の調子も弱くなっていき、次第に声にならない言葉になっていく。
 創介はそんな私を見て対照的に一瞬驚いた様な顔をしてからだんだんと表情が柔らかく穏やかになっていった。
「『記憶は人格を創り出す』って言葉、聞いたことあるかな?」
 それはあまりに唐突で私の耳には殆ど届いてなかった。そんな調子で私は思わず聞き返す。
「……そ、それって?」
「さっきどうしてああいった状況に陥ってしまったのかってことを考えてさ、一つ思いついたんだよ」
 さっき、というのはやっぱり私が急に気を失うようにして記憶の世界に意識を飛ばしたときのことだろう。自分の失態を思い出して急に恥ずかしくなった。
「人が自分の性格を形成していくときに、一番の要因って言うのは経験を元にした『記憶』なんだ。あの時ああしてこういった失敗をしたから、これはいけないことなんだといったように、経験を積んでいくことで人は学んで行く。でもたとえ学んだとしても記憶が保っていなかったらそれは結局埋もれて消えてしまう。つまり『記憶』が人の思考にとって最重要なモノになるんだ」
「…………」
 なめらかに語る創介の様子を見て、私は彼の言いたい事を手当たり次第に探すが一向にみつかる気配がない。
 彼は続ける。
「僕がキミに会ったときにはじめましてと言った。それは人の行動として当たり前のことだと『記憶』しているからに過ぎない。でも、キミはその時に他の人とは違った表情を見せた。驚いた表情の中にどこかさびしそうな感情が垣間見えた。それは僕の経験したことのない事実で、正直なところ僕も少し戸惑ったよ。この先どうすればいいのかといった経験を積んでいないからね」
 彼は椅子を引いておもむろに立ち上がった。表情は依然として柔らかかった。
「僕は元々大した『記憶』を所有する事が出来なくなっている。日々の日常に含まれた何気ない一コマも記憶できなければ、大それた事件が起こったってその事件に巻き込まれながらも少しずつ記憶が削り取られて行く。どうしてそうなったかもすでに覚えてないし、僕にとってはすでに必要のない事実だったから切り捨てられる。つまりは僕はそう言った人間なんだ」
 私は、より一層言葉を失った。瞬間的に自分が抱いてしまった苛立ちに対する憎悪が湧きあがっていく。
 記憶を保つことが殆どできない。そんな事は私は全く思いもしなかった事実だけど、それでも知らなかったからと言って創介に心配をかけさせるような態度を取って、私自身はそれにいらだってしまったことが凄く恥ずかしかった。
 それでも彼は笑顔を絶やさない。
 創介が私の隣に近寄ってきて、膝を曲げてしゃがみ私と同じ目線になった。
「でも、もしかしたら僕は『すでにキミに会ったことがあるのかもしれない』と思い始めてきて、それを確かめる必要があるんじゃないかと思ってきた。そうすればキミのその表情が自然と無くなってくれそうで……」
「た、確かめるって……どうやって?」
「僕は《記憶の創生者》。それだけじゃ伝わらないかな?」
「あ………」
 そうだった。私の目の前にいるのは、『無』から『有』を創り出すことのできる《創生者》。しかも『メモリー』と呼ばれる《記憶》のことに関する力を持っている人間。
 白黒の髪の毛にワイシャツと黒のズボンのただの青年が、本当にそう言った特別な能力を持っているなんて信じられないが、実際真っ黒に染まった鳥のトトは人の言葉を話すことができるのだ。彼だってそう言った何か特別なものを持っていても不思議ではない。
「僕の力を使って直接キミの記憶を探し出す。キミが僕と会ったと言う記憶にたどりつくようにする。そうすれば『夢想創介はキミと会ったことがある』という事実が、僕の中で消去された記憶なのか、埋もれて見つかりにくいだけなのかがはっきりするはず」
 そう言って彼は「ただ」と付け加えた。
「もしそうしたとすると、僕はキミの記憶を全て見つめることになる。キミの過去を全て見てしまうことになる。記憶というものは頭の中で整理されて収納されるけど、どこに何があるのかを知るのはその『記憶』の所有者だけだから、手探りで探す僕にとっては運が悪ければ全てを見てしまうことにつながる。誰だって見てほしくない記憶は持っているものだし、無理に見ようとは僕も思わない。だからキミは僕の行動を止める権利がある」
 創介の予想は驚くほど的確なモノばかりで、私は驚かされるばかりだった。
 そう、確かに私は人には見られていけない記憶を持っていた。そう言った経験をしてきた。よくできた兄と姉がいたからこそ、それは絶対に公に出してはいけないものだと思い続け、両親にすら伝えていない事実を私は今までずっと隠し続けてきた。
 でも、創介は自らの記憶を保つことが難しい人であるが故、他人の記憶まで頭に残しておけるかと思ったらどうもそうはいかないように思えてくる。自分が遭遇した事実さえ忘れてしまうのだから他人の記憶なんてなおさら脆いモノのはずである。
 すぐに忘れてくれるのなら、今だけ思い出してくれるのなら、私はそれで構わなかった。
 私が創介と会ったという事実がそれほどの価値を持っているモノかと考えたら疑問が浮かび上がりそうだが、それを考えても私は、
「私は、止めません」
 はっきりと自分の意思を示した。
私がそう言うと創介は私の頭に手を置いて軽く撫でた。
 さっきまで饒舌に話していた創介が急に無口になり、ただ私の頭を撫で続けるだけで私は恥ずかしくなって止めさせようと思ったが、彼の柔らかい表情を見て止める気になれなかった。
 ただ一言。
「……ありがとう」
 と、それだけは私の耳に届いてくれた。

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