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【創成者の街】第一話『memory』その4
 夜の暗闇を彷彿とさせる程の黒を持ち合わせた羽毛の中にまみれた瞳を光らせたトトは、その眼光で弥生を見据える。

「お前も身に覚えがある体験だと思うぜ?このアホ野郎に忘れられることなんてよ」

 彼の翼がまっすぐ創介の顔に向く。

「え、な、なんか僕やっちゃったかい?」

 話の内容を全く理解していない創介はきょとんとした様子でトトを見つめる。
 しかし、トトはそれを無視して話しを進める。

「まあ、普通前日に会ったのにその事実をよく覚えていないなんてよくあるだろうと思うけどな、コイツの場合はまるで何もなかったように完全にすっぽりと抜け落ちてんだよ」

 トトはクルッと半回転し、創介の方に体ごと向き直す。

「創介、お前に質問するがこの女の名前言えるか?」

 感情の抜けた機械的な動作のように、トトは創介に質問する。
 きっとトトは私に創介の記憶力を教えてやろうとしているんだろうとすぐに分かったが、いくらなんでもほんの十分前まで一緒に食事をしていたんだ。そんな相手の事を忘れているなんて、流石にありえないだろうとたかをくくる。
 私は自分の名前を呼ばれるだろうと期待しながら創介の方に顔を向ける。

「もちろん、知ってるよ。ええっと……」

 しかし、彼の表情は次第にぎこちない笑顔に変わっていき、その言葉の続きはいつまで経っても現れなかった。
 その様子を見たトトはフンッと鼻で笑って体毛と見分けのつかない程の黒い瞳を細めて私を一瞥する。

「やっぱり覚えていないみたいだな」

「いやあ、いつから僕の家にいたのかは知っているんだけど、なんて名前だったかだけはどうにも思い出せなくて……」

「思い出せないんじゃなくて、何も残ってないからだろうが」

 そういったトトの様子はどこか不機嫌にも見える。
 彼のその態度に創介も困った様子で後頭部を軽くかきむしる。
 そんななか、私は何もすることができずただただ彼らの会話を観察することしかできない。

「まあ、いつもの感じでいけば、記憶が抜け落ちた瞬間のことも覚えてないんだろうがな」

「う、うん……」

 申し訳ないという気持ちはこもっているんだろうが、ぎこちない笑顔にそのえいいが邪魔されている。

「ったく、おまえはいつもそうだな。へらへらして何考えてんのか分かったもんじゃない」

 トトの言い方だとずいぶんと程度がはなはだしいように感じるが、実際はそうでもないと私は思う。ただ単純によく笑う性格の人なんだと思うんだけど、トトのように長いこと一緒に暮らしていると流石に嫌な所も見えてくるんだろうか。

「まあ、つまり俺が言いたいのは、コイツが他人に対する記憶能力が皆無なのは癖みたいなもんで俺たちがどうにか出来るもんじゃねえんだ。だからどうにかしてコイツの記憶の中にいようとするのは諦めろ」

「うん………」

 わたしもそれくらいは何となく予想は出来ていた。多少の可能性としてわたしの頭の中に見え隠れしていた。

 だからと言って素直に諦めきれるかと言ったらそうもいかない。初めてこの街に来てつながりを持った相手から忘れられるなんてのはわたしにとっては耐えられなかった。そんなに簡単に捨てられるほど、わたしは人とのつながりを軽視なんてしていない。

「それと、こんなふうになっちまった創介を許してやってくれ。誰にも止められるもんじゃないんだからよ」

「うん……分かった」

 でも、今の私にはトトの警告とも言える主張に抵抗できるだけの元気は無かった。


 夜もずいぶんと更けて、月明かりが強くなるのと街中の家から漏れる灯りが消えていくのが相乗効果を表しより一層街は月光を受けながら時を進めていく頃、トトは街に群がる暗闇に姿を消し、私と創介は床についていた。
 部屋の数が無いと言うことで私たちは同じ部屋に布団を並べて寝ることとなったのだが、流石に密室の中に男女二人だけという状況はこれから何が起こるのか分かったものじゃ無くて、本能的に私は創介の布団から距離を取った。

 私の布団は創介いわく、お客さん用に取っておいた布団だと言うことで殆ど使用された形跡が無く、新品さながらの弾力と優しく体を包み込む暖かさがあり、一日溜まった疲労が全て溶け出して行くような感覚を覚える。ただ、殆ど使用されないと言うのは言いかえれば長年放置されていたと言うことで、ナフタリンの独特の香りが布団に残っていて、私としては嫌いな匂いでは無いのだが、多少気になる程度には感じていた。
 敷布団から顔を出し、室内の雰囲気を肌で感じた。
 人工的な明かりがあると寝付けないと言う創介の意見で室内は電気を消して、窓から漏れる優しさと冷たさを兼ね備えた月光のみが室内を照らし、中は殆ど暗闇で満たされている。
 創介がそれほど広くは無いと言っていたとはいえ、ギリギリ布団を二人分並べられるほどのスペースは備わっているので決して狭いわけではなった。おまけに室内には作業用の勉強机にも似た木製の机やまだ中身には空席が残されている本棚が隣同士に設置されているところを見ると、元はもう一回りほど広いのだろうと思えた。

 チラと創介の方へ視線を向ける。

 彼は寝息を立てずに目を閉じているだけで、死んだように眠るとはまさにこのことだと言わんばかりに彼の周りには静寂さが漂っていた。とはいっても、彼のしわしわの掛け布団は一定のリズムを刻みながら上下しているから、本当に死んでいると言う訳ではない。

「………」

 私は本当に元の世界に帰れるのだろうか。ふとそんな事を思ってしまった。

 龍之介が私を元の世界に連れていける唯一の人物だと言うのに、私の目の前から忽然と姿を消してしまった。トトと直接会ったと言うのに説得も通じないまま逃げられたと聞いたときは、茫然と立ちつくしたものだ。許容量を超えた絶望に似た感情を抱くと、人間というのは何も考えられなくなってしまうものだと実感した瞬間でもあった。
 今はなんとなくで創介の家に居候という形を取らせてもらっているが、それもいつまでもつか分からない。《向こう》での時間の経過も気になるし、もしこちらとの時間軸がほぼ同じだとしたら神隠し沙汰になっていることだろう。

 きっと、いくら兄や姉が優秀でそちらばかりに目が向けられていたとしても、いくら私が駄目な娘だったとしても、いなくなったとしたら慌てて捜索願いでも何でも出してしまうだろう。
もしそうなったらと思うと、急に涙がこぼれ始めた。

 今まで散々母さんの期待にこたえられなかった私が、飽きることなくまた迷惑をかけることになってしまい申し訳ないと思う気持ちと、何度迷惑をかけても全く学習していないと言う自分に対する情けなさが入り混じって、それらが塊となって目からあふれ出てくる。

「……うぅ……うぅ」

 創介を起こしてはいけないから私は掛け布団を頭から被り、泣き声を極力外に漏らさないようにして私はできる限りの声量に押さえた。
 すると私の声は次第にけいれんを伴うしゃっくりへと変わり始め、嗚咽まで含み、それでもなお声量だけは小さく保つ。
 夜は本当に辛い。自分の気持ちが外の月光のみが照らす暗闇の中にあるように思え、それが自分の心にまで侵食してしまうようで、理由なしに気持ちが沈んでいく。
 後悔、寂寥、悲哀。
 静かな、それでいて激しい起伏のある感情が芽生えては消え、再び現れては淡くなっていく。
 そうしていくと今度は自分を冷静に見つめるようになり、欠点ばかりがイメージの中に生産されて、暗くなる気分にさらに拍車をかけるのだ。

「…や…よ…い?」

 背を向けた方から今にも消えて無くなってしまいそうな淡い声が、私の耳元で囁いた。
 その驚きに涙も一瞬で引いて、寝返りを打つように振り返る。
 創介の白い肌から真っ黒でハッキリとした瞳が私を直線的に見つめてきた。

「ど……どうした…の?」

 眠気をこらえながら、まだはっきりとしない意識の中でハッキリとした意味を持つ言葉を投げかける。

「何か……悲しいことでもあった?」

「何かって、その……私、もしかしたら帰れなくなっちゃっているんじゃないかって考えたら……」

「帰れ……なくなる?」
 
しかし、彼はそれでも忘れていた。
 ほんの二時間前までその話題でずっと何か対策は無いかと練っていたのに――創介は当然ながら会話にはまともに参加していないが輪の中には入っている――そのことすら、たった二時間前の会話でさえ忘れている。
 でも私は格別驚きもしなかった。落ち着いて創介のあどけなく首をかしげる表情を眺める。
 
これでようやく記憶力低下の意味が私なりに解釈できた。
 
自分の既往していること、自分の必要なモノ以外はすべて廃棄物と言ってすぐに頭から抜け落ちるんだろう。だって、自分には必要のない事柄だから。
 でも、それを突き詰めると今までの自分の経験や思い出も全部抜け落ちているわけだ。まるで何もなかったかのように、日常の中に自分を混入し続ける生活をしている自分しかいない。
 楽しかったこと、うれしかったこと、辛かったこと、かなしかったこと。その殆どが彼の世界には存在しない。
 それはあまりにも辛く、哀しいものに思える。
 振幅のない平坦な道には、非常に安全だが生まれる物もない。

 仮に私が帰れるようになったとしても、彼の前から姿を消せば数時間も経たないうちに私のことなんて綺麗さっぱり忘れている。また平坦な生活に戻っている。
それが私には悔しくも思えて仕方なかった。

「本当に、何も覚えていないんですね……」

 私は上体を起こし、斜め前を見るわけでもなく見る。それに続いて彼も上体を起こした。

「……ごめん、やっぱりそうみたいだ」

 彼なりに必死に探したんだろう。はっきりとした謝罪の気持ちが込められていた。
 今まで何度も謝ってきただろうに、おそらくそれすら彼は知らない。

「一体……私はどうすればいいんでしょうか。元の世界に戻ることを最優先にするべきなのか、それとも諦めてこっちでの生活に励むべきか」

 自然とため息が漏れた。
心の奥底に溜まっている感情を口に含んで一気に吐き出すその行為は、一見気持ちを整理するために行われているようにも思えるのだが、そんな事など全く無く、溜まった感情を余計に増幅させてしまうだけであった。

「なんか、分かんないんですよ、私が何をしたいのかを。初めは自分を変えたいと思ってこっちに来たって言うのに、いざ一日が過ぎてしまえばすぐにでも帰りたくなっちゃって。気持ちが中途半端だと結局無駄に悩んで何も出来なくなっちゃうんですよ。もっとはっきりとしていれば自分のやるべきことだってすぐに見つかるだろうに、何も残っちゃいない……」

「………」

 自虐的に無理に創介に笑いかけるけど、それも虚しく思えて仕方ない。
 気を遣わせまいと思っているのに、余計に心配をかけさせてしまう矛盾行動にさらに私は沈んでいく。
 すると、創介が体勢を変えないまま口だけを開いた。

「みんな、きっと同じだよ」

「……何が、何が同じなんですか。私の抱えてるものなんてそんな簡単なものじゃ――」

 感情に身を任せて私は創介の方に振り向くと、彼の表情と言葉に、私は続きが紡げなくなった。

「僕だって欠けている」

 欠けている、確かに創介には記憶力と言った点で普通の人より欠けているだろう。
 それが、どうしてみんな同じだと……?

「弥生が知っているみたいに、僕はいろいろと覚えることができないようになっている。でも、僕ができない事はそれ以外にもあるんだよ」

「ほ、他にも……?」

「そ。例えば僕には今まで泣いたことも怒ったこともありません。そして喜んだこともないんだ」

「え……?」

 私は絶句した。意味が分からないから聞き返したわけじゃない。彼の言ったことが信じられなかったのだ。喜怒哀楽すら欠けている。彼はそう言いたいのだろうか。

「僕が単純に覚えていないだけなのかもしれないけど、みんな口をそろえて僕にこういうんだ。『よく笑う人ですね』って。実はそうじゃない。《笑う》こと以外に気持ちを表せられないんだ。しかも『歪んだ』笑顔じゃなくて、『純粋な』笑顔だけなんだよ。僕という個体が個性を表すためにはそうするしかないんだ」

「………」

 そう言って彼は微笑を私に向ける。「自分で『純粋』なんて言うのも変な話だけどね」なんて言いながら。普通の人なら自傷的な感情をこめた笑いを浮かべるが、彼はそんな苦笑いをするほど器用ではなく、本当に幸せそうな優しい笑顔を浮かべるのだった。

 一体何が幸せなのか、私には分からない。でも、彼の本心では自傷のつもりなのかもしれない。でも、そうして自分を慰めることだってできない。

「なにも僕だけに限定した話じゃ無い。《創生者》全員に言えることらしいんだ。あくまで「らしい」としか言えないけど、それでも皆どこかしら普通じゃない。普通の人間でもなければ化け物みたいに暴れまわることだってできない。中途半端に力を持って中途半端に何かを失くして、結局は僕たちもキミも殆ど何も変わらないんだ」

「………」

「だから、さ……。僕には何も言ってあげることはできないけど、自分を卑下する事だけは止めて、また明日考えよ?もう夜も遅いし、今はトトもどこか行っちゃったから派手なこともできないしさ」

「…………そう、だね」

 創介の言葉を言い返そうとは思わなかった。むしろ私はそれを受け入れて少しばかり安心してしまった。
 もしかしたら私は心のどこかで安心感を欲していたのかもしれない。後押ししてくれる言葉を掛けられることで『そういった考えを持ってもいい』という自信を持ちたかったのかもしれない。

「それじゃあ、おやすみ」

「……うん、おやすみなさい」

 布団にもぐっていく創介の背中を見つめながら、私も布団へと埋もれていった。

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