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Re:創成者の街 プロローグ
「………………」
 ここは、どこだ。
 無機質で、無感情なコンクリートの壁の、六畳間という直方体の空間の中に俺は一人で座っていた。さっきまでは気を失っていたようで、どうして、どのようにして、このような場所に来てしまったのかも全く自覚がなく、しかし不安といった感情が現れることもなく、ただただ目の前の壁を、何も考えずに見つめるばかりだった。
 壁といっても、本当に窓も一つもないコンクリートの壁といった空間ではない。仮にそんなことであったらコンクリートと認識すること自体ができないだろう。背後にはスモッグガラスの扉、目の前には奥へと続く意味ありげな扉があり、右の壁には窓もついている。一応の居住空間にはなっているようであった。
 しかし、人が見当たらない。
「………………」
 両腕を縛られているわけでも椅子に座らされているわけでもないので、どうやら誘拐されて来たのではない。仮に男の俺を誘拐するとしたら、人質として親か誰かに身代金を要求するために、せめて椅子には座らせるだろう。それすらされておらず、コンクリートの床に雑魚寝といった状態だった。
 果たして、どうしたものやら……。
「あ、起きたんだね。おはよう」
 俺が考え込もうと手を顎に当てようと下瞬間の出来事だった。
 後ろの方から、幼い声が聞こえたのだ。
「体に怪我の跡がなかったから対して痛みはないと思うけど、大丈夫かい?」
 しかも、背後にある扉の、開く音が、まったく聞こえなかった。
 どういう……ことだ?
 何かが、いる……。
 その瞬間、俺は何も考えず、無我夢中で振り返った。すぐにでもその何かを知りたかった。
 しかし……、そこには何もなかった。ただ単純な、どこにでもある空間だった。
「…………?」
 一体、何なんだ?俺は幻聴でも聞こえるようになってしまったのだろうか。
「こっちこっち」
「!?」
 俺はその声のする方へ反射的に振り返った。いや、振り返ってしまった。
 振り返った拍子で、小さい子供のような指が俺の頬をへこませた。
「………うわぁ!」
 あまりの一瞬の出来事で、俺は反応が遅れてしまった。
「やっ。ちょっとからかい過ぎたかね?」
 そこにいたのは、見た目9歳ともいかない小さな少女だった。緑色のパーカーを羽織り、中はTシャツを着ているようだが、サイズが異常なまでに合っておらず、パーカーのはずがなぜかコートと見間違えてしまうほどブカブカであった。腕も袖の中に入ってしまっていてかなりめくらないと指すら出てこない。
「いやあ、まさか私もあなたみたいな人が来るなんて思ってもみなくてさぁ。初めてのことでなにしていいのかよくわからなくて、ぞんざいに扱っちゃったかな?」
 見た目は9歳といかないはずなのだが、雰囲気が全く別物で、図々しくもあり、喋りなれている感じもあり、冗談が冗談だと素直にわかる。人は見た目で判断するものではないとは言うものの、ここまで違和感のある外見と中身のギャップは初めてだ。
「ねえお兄さん。お話できるかい?さっきからずっと黙りこくっちゃっているけど、驚嘆の声を出せるってことは話もできるはずだよね」
 一歩前に近づき、彼女は俺に圧力をかける。
「あ、ああ……」
 俺の応答に、彼女はよろしいと一言つけてクルリと一回転した。彼女の胸まであるモミアゲや下部で縛ってある腰まである長めの髪の毛が遅れて彼女の後を追う。
「自己紹介が遅れたね。初めまして、私は『創時茜(そうじ あかね)』って言うの。茜って呼んでくれて構わないわ。まあ、色々動揺しているとは思うけど、とりあえず互いに名前を知ったほうがいいでしょ?あなたの名前は?」
「あ、お、俺は……『瀬野真人(せの まさと)』」
「真人ね、オッケー、覚えたわ」
 そう言って彼女は笑顔を見せた。笑顔だけを見れば見た目相応の表情をしてくれるというのに、さっきの雰囲気のギャップというものは一体どういうことだろうか。
「……それで、ここはどこですか?」
 俺はぶっきらぼうに、警戒心をわざと相手に感じさせるように、彼女に聞いた。
そもそも、彼女はまだ人と決まったわけではないはずだ。窓の開ける音をたてずに密室に入ったり、人の背後に一瞬で回ったり、背格好に似合わない言葉使い。いや、三つ目は大した根拠にはならないが、それでもやはり人ではないというのは言い過ぎにしろ、まともじゃないことは確かだ。警戒をして損ではない。
 すると、彼女は室内の窓に指を指して言う。
「まあ、私の口から言うのもいいんだけど、実際に見てもらったほうがわかりやすいと思うわ。ほら、そこから外が見えるはずよ」
「………」
 そんな彼女の言葉にも、やはり俺は警戒心及び疑心暗鬼でありながらのそのそと立ち上がり、そこへ向かう。確かに現在の状況を掴むには外の様子を見るのが一番手っ取り早いはずだ。それが頭になかったのはどうしてだろうと悔やまれるが、仕方がない。
しかし、光の加減で外の様子はあまり見えていなかったため、かなり近づかなければならなかった。ただ、俺はその風景を、この先何十年と生きたとしても、絶対に忘れることはできないだろうと、感覚で、一瞬で感じ取った。
 目の前に広がるのは、渓谷とも思える程の巨大な崖のようなの壁面に、まるでビーズ細工のように敷き詰められた家々が連なっており、崖と崖の間にはクモの巣のように橋が張り巡らされている。奥にも手前にも家があり、更に端へ行くと、完全に真っ黒な闇が掛かっていた。その闇はこの瞬間にも更に奥へと進んでいき、今まであった闇の部分には新しい家が徐々に出現していく。まるで世界が少しずつ広がっていくような、そんな感覚を覚える。人の数も異常なまでに多く、それほどの数の家があってもまだ足りないのか、大都市のスクランブル交差点を思わせる人の波で溢れかえっている。
「知らない……俺はこんな場所知らない……」
 とんでもない場所に来てしまったとか、どうやって帰ればいいんだろうなんて考えなど全く浮かばなく、それ以上にただ心の中に渦巻く感情は、恐怖しかなかった。
 体の震えを抑えることができない。
「仕方ないよね、そりゃあ真人がこんな場所、普通来ることなんてできないんだから」
 動揺する俺の背後から容赦なく茜の言葉がのしかかる。
「まあ、まだしばらくは帰ることもできないと思う。私だってまさか真人みたいな人が来るなんて思いもしなかったんだから」
 膝が、俺の体重を支えられなくなって、不自然に折れる。
「そうねぇ、真人が帰れる方法が見つかるまでは家に居候することにはなるかもね」
 俺の目線はとどまる事を知らず、不自然に延々と周りをうろつく。
「どういうことか……教えてくれ。俺は……どうなってるんだ?」
 残っている気力を振り絞ってなんとか声を出そうとするものの、かえって掠れた弱々しい声になってしまった。手のひらに溜まった汗が足元に滴り落ちた。
「まあ、どうなっているかは追々わかると思うわ。今はまだ待っていないと」
 真っ青になっているであろう俺の顔をちらりと一瞥しながら、彼女は意味ありげに言葉を残した。俺の感情など露知らず、無神経に、気を遣うなんて言葉など知らないかのようにスラスラと言葉を並べる彼女にある種の不気味ささえ感じられた。
「待つって、誰を待つって言うんだよ」
「百聞は一見に如かずって言うでしょ?口で言っても伝わらないことだってあるの」
 茜はまるで児童をあやすような声色、口調で俺をたしなめる。
 この光景をもし他の誰かが見ていたとしたら、間違いなく好奇の目で見られることだろう。18にもなる男が両膝をついている前で、見た目9歳の少女が手を組んでいる。異質であるのは明らかだ。
「ほら、来たよ」
 俺の背後に指をさす彼女に促され、背後の扉の方へ意識が向く。暫くして徐々に何者かの足音が聞こえてきた。扉の向こう側は金属系の床でできているらしく、はっきりとしたカンカンと甲高い足音であった。
 また、不思議な、おかしな、とてつもない違和感を感じた。足音が聞こえたのは俺が扉の向こうへ意識を向けてから若干のラグがあった筈。しかし、茜はそんなことなど気にもせずに、まるでその誰かが来る足音が聞こえることを分かっていたかのように俺に告げていた。
幼い子供には、大人には聞こえない周波数の音が聞こえるだなんて言われているが、そういった類の話ではないのはわかる。
もしかしたら彼女はかなり聴覚に優れているのかも知れない。そうだ、きっとそうだろう。
不安を取り除くことができないことなど俺にはわかっていた。でも、そうでも思っておかないと思考をまとめることすらできない。
すると、扉の鍵がガチャリと音を立てて俺をビビらせたあと、ゆっくりと自動ドアの如く開かれた。
「あ、茜。来てたんだ」
 とても優しい、浮ついた声が俺の耳に届く。
 どんな怖い、不気味な人間が現れるのかと思いきや、出てきたのは大人しそうな青年だった。真っ白のカッターシャツに黒のズボン。パッと見れば夏場のサラリーマンのようにも見える風貌ではあるが、何度も着古しているカッターシャツのせいで、学生の制服のようにも見えてしまう。
 ただ、気になるのは彼の髪の毛であった。まるでシマウマを思わせるような黒と白の髪の毛が入り混じり、おまけに対して整ってもいないせいで、同情を誘わせるほどであった。
「初めまして、僕は『夢想創介(むそう そうすけ)』といいます。あなたの名前は?」
 丁寧すぎるほどの扱いに、それはそれで不気味さを感じながら俺は創介のお辞儀をまじまじと眺める。
「この人はねぇ、真人、瀬野真人って言うの。珍しい名前よね」
 俺が自己紹介をしようとしたところへ急に上からかぶせてきた。ただ、最後の一言は余計だと思う。たいして珍しくもないのに。
「真人だね。よろしく。ごめんね、ちょっと諸事情で奥の部屋に入れさせることができなくてこんな場所にいさせて」
 そう言って創介は笑顔を見せ、床に座っている俺に手を伸ばしてきた。少し考え込んだ挙句、結局俺はそれに応じることにした。
「あの、それで、俺はどうなるんですか?」
 そして、少なくとも茜よりかはいくらか安心感を持てる創介に救いを求める。
 しかし、その希望もすぐに破られ、彼は少し困ったような表情を見せた。
「まだ……何もわからないんだよね。いいよ。真人の今の現状を大まかに説明する。きっと君にとってはかなりの衝撃的な話になると思うけど、僕は脚色も、大げさに言うこともしないから、素直に受け止めてね」
「大丈夫です」
 俺には考え込む余裕なんてなかった。とにかくなんでもいいから早くこの心の中にあるモヤモヤを消し去りたかった。このモヤモヤが、不安に感じていることそのものだったら最悪であるし、杞憂であったなら万々歳だ。
 覚悟なんてなかった。年相応の無鉄砲さが俺を突き動かしているんだ。
 しかし、すぐに俺は後悔する。聞かなければ良かったと。
「簡単に言えば、君は別の世界から来た、いわゆるオカルト的な、メルヘン的な、SF的な、ファンタジックな事象に偶然、幸運にもその張本人として存在してしまったんだ」
 一瞬思考が止まった。いや、もしかしたら一分かも知れない。十分かも知れない。はたまた一時間かも。それほど、時間の感覚が吹っ飛ぶほどの衝撃を受けた。
 誰がこんなことを信じろと言うんだ。誰がこんなこと信じられるだろうか。
 仮に俺が別世界から来たとしたら、ここが俺の生きていた世界と別であるのなら、確かに外の風景然り、茜の奇行然り、説明がつく。
 ただ、信じられなかった。信じたくなかった。
 俺一人だけがどうして世界を飛んでこんな場所に来なくてはならないんだ。
「やっぱり信じられないよね。急にこんなこと言われても」
 そんな哀れんだ目で見ないでくれ。
 彼の優しい言葉が余計に胸に突き刺さる。手に、背中に、先ほどと同じ汗が貯まり始めた。
何か行動しなくてはと、俺は必死になってことばを探す。言葉にならないことばを。
「ど、どうして、俺がこんな場所に来なくちゃいけないんですか。なんで俺が、一人で」
 救いを求めていた。打開策がきっとあると願っていた。
 しかし、創介は首を横に振る。
「僕も原因はわからない。気づいたら君が僕の家の前で倒れていたんだ。見たことない顔だったし、倒れていたからとりあえずと家の中に入れたんだ。それ以上君に干渉はしていない」
「とにかく、戻れる方法を見つけるまではこっちにいるしかないわね」
 いつの間にか創介の真後ろにいた茜が付け加える。
「それ以外に、選択肢はないと思うけど?」
「………」
 少し考察したものの、茜の言う通り、俺には選択肢はないようだった。

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